神秘家! 2


ウスペンスキーの最後の日々を研究したジェイムズ・ウェッブによれば、弟子たちは不思議なことが起こっていることを確信していたといいます。


ウスペンスキーはテレパシー能力がとぎすまされていったらしい。


それは驚くべきテレパシー能力だったので、看護していた人たちは心配し、自分たちと話すときには言葉を使ってくださいと頼んだほどだった。


ライン・プレイスは「霊たちでいっぱい」だったらしい。


ある日強力な霊が現われたものと見えて、ウスペンスキーは「気がついたかね」と周囲の者に尋ねた。

神秘家! 1


ウスペンスキーは最後の数か月の多くを、自分の過去と関係のあるイギリスの各地を再訪して過ごした。


これはどう見ても、次に生まれ変ってきたときに備えてそれらの場所を心に定着させておきたかったのでしょう。


ある時はライン・プレイスで車の中に閉じこもり、一晩中猫に囲まれて坐っていました。


(ウスペンスキーによれば、動物の中でアストラル体をもっているのは猫だけであり、だからこそ魔女は猫を使い魔にするのだといいます。)


ある婦人はその車のそばに立って両手をあげ、厳粛な礼をしていました。


しかしながら、結局のところウスペンスキーの最後は痛ましくもなければ拍子ぬけでもなかった。


日陰には青ジソ 3


初夏が旬のイサキは、私の畑のミョウガが出るころには、やや味が落ちるが、なめろうにするとまだまだ驚くほど脂がのっているのが感じられる。


梅干しは作っていないので、赤ジソの出番はあまりないが、昨年の秋は、花が咲き終わるころの穂を摘んできて、まだ硬くならない実を指でこそぎ落とし、塩漬けを作った。


近所の農家の人には「シソの実をみそで妙めて、ご飯にのせるとうまいよ」とも教えられました。


パセリも、直射日光を嫌う。


マンションのベランダで、プランターに植えてあるが、南向きなのでどうも具合が悪い。


畑で作ればいいのだれど、パセリは今すぐほしくなる時が多く、畑まで行くのは面倒だ。


こんな時は狭くてもいいから、目の前に庭があればなあ、と思う。


シソの種は、冬の寒さを経験しないと芽吹かないので秋にまく。

日陰には青ジソ 2


佐倉市に住んでみてうれしかったのは、1年中イワシやアジが刺し身で食べられることだ。


銚子など房総半島の漁港から、新鮮な魚が入って来る。


その房総の郷土料理に「なめろう」があります。


三枚におろしたアジやイワシと、ネギ、青ジソ、みそを一緒に包丁で細かくたたいた素朴な料理だ。


箸で適量を口に放り込み、舌の上でつぶすようになめていると、鮮烈な海の香りが広がる。


そこに冷やした吟醸酒でも流し込めば、天国、天国。


ミョウガを加えれば、またうまい。

日陰には青ジソ 1


私の畑の南側の一部は、日当たりが悪い。


そういう場所にシソ、ミョウガが育っています。


といっても、私が植えたわけではない。


地主さんが植えていたのが、世話もしないのに増えているだけです。


シソもミョウガも直射日光を受けると硬くなるので、むしろこういう場所がいいのです。


菜園でなくても、庭の日陰に植えておけば便利に使える。


シソやミョウガは和製ハーブともいえる薬味野菜だ。


刻んで冷や奴にのせたり、そうめんや冷や麦の薬味にしたり、夏になると大いに恩恵を受けています。


それにわが家では、できあいの刺し身パックは買わないので、魚をおろして刺し身を作る時には、皿に敷くための青ジソが必需品だ。

モノがに頼る 6

さあ共産党の時代だといわれたとき、本当は心の底から動いているわけではなく、本当かな、また変わるのではないかと思って、右を見たり左を見たり、右顧左師というやつをやりながら生きてきました。


この世代は、だから自分でものが判断できない。


右顧左晒、付和雷同の世代です。


さらにもう一つ特徴的なところは、モノがたくさんあると幸せである世代です。


戦争中モノが何もなかった。


私が戦争中で一番旨かったのは、配給の乾燥バナナと防空壕で食べた干し大豆でした。


かめばかむほど甘かったというのを覚えております。

モノがに頼る 5

1945年8月号の雑誌に「アメリカ兵は背が高いけれども、足が長いだけで下半身はふにゃふにゃだから、物陰に隠れて通りすぎたら後ろから膝の後ろを竹槍で殴って、上からグサッと刺せ」という記事がイラストつきで載っていたのに、それからわずか1カ月ばかり後の8月16日の全ジャーナルは、諸手を挙げてアメリカ万歳になったことを体験した世代です。


つまり私たち第二世代は、子供の頃に、大人というのはかなりあやしいというのが骨身に沁みて分かって「自分で思いこんで一生懸命信じるのはやめた。


きょろきょろあたりを見ていて、皆が行くほうに行っていればいいや。


世の中変わればまた簡単に私も変わればよいさ」と思い始めた世代だといわれています。

モノがに頼る 4

日本には世代が4つあるといわれております。


第一世代というのは明治、大正生まれの方です。


私が第二世代、これは昭和初めから終戦の昭和十年代前半までに生まれた人問です。


この第二世代は自分でものが考えられない、付和雷同の世代のかなりいいかげんな世代です。


この世代の特徴は、何歳かで敗戦の日を経験したために、昨日まで鬼畜米英といっていた教師が、突然今日から英語が一番大事だといって黒板に「アイ・アム・ア・ボーイ」と書くのを見てびつくりした世代です。


モノがに頼る 3

私自身次から次へとモノを買う。


買わざるを得ない衝動にかられてきたのです。


私の友人に、新型カメラが出ると、街のカメラ屋に売り出される3日前に持っていないと気がすまないという男がいて、一般の売出しより早く手に入るとすぐに見せて回るのです。


「見ろ、見ろ、あさって出る新型や」といって、パシャパシャ撮って、それで気がすむのでそのまま置いておく。


彼の部屋へ行くと、カメラが山のように積んであって、思い立って一番下のを現像に出してみたら、10年前のフィルムだったといってました。


それは笑いごとではなくて、そういうことの好きな人が日本にはたくさんいるのは事実です。


これは日本人の第二世代といわれる私たちの世代の特徴でもあります。

モノがに頼る 2

カード型電卓は10年間に価格が10分の1になったという有名な製品ですが、私でも10何種か持っていて、その中の最も古いのは、たしか30年前に買った30万円のスウェーデン製の電卓です。


日本の簡易電卓の最初のは1972年の12800円のカシオミニでした。


今は皆600円のを使っています。


景品でただでくれることすらあります。


そうして、私の事務所と家にはその過程のいくつもの計算機があります。


本当に私たち日本人はそうやって新しいモノを買ってくることがうれしい人間だという実感があります。

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